次の日の朝、ホテルでゆっくり朝食を食べ、9時過ぎに出かけました。
結構、朝から食べてしまい、お昼は食べませんでした。
鳥取のガイドブックを買ってみてみましたが、びっくりしたことに米子市については地図のみで詳しい情報が全く載っていません。
この頃のガイドブックにはグルメとショッピングしか載せないのでしょうか。
みんなネットで調べるようになっているので、紙のガイドブックも地図もなくなるんでしょうね。
仕方ないので、ネットで調べてみました。
帰りの飛行機が混んでいて、早い時間のしか取れなかったので、2時間ぐらいしか時間がありません。
お寺が好きなので、寺町付近に行ってみることにしました。
国道9号線を三の丸を通り過ぎて歩いていくと、賀茂神社天満宮があったのに、私は中に入らずに通り過ぎてしまいました。
何でお参りしなかったのか、今になって後悔しています。
しばらくすると、鳥取大学医学部付属病院があります。
この病院は2つも大きな駐車場がある、立派な病院です。
建物が古くなったので、建て替えの話が出ていて、隣にある泰山公園の土地が使われるようです。
チラッと道路からのぞいてみた泰山公園。ここも時間がないので、中に入りませんでした。
何故米子市に鳥取大学医学部と附属病院があるのかというと、第二次世界大戦中に軍医が不足し、軍医養成のため医専増設を文部省が考えたからです。
この時、鳥取市は昭和18年に起きた大地震で壊滅的な被害を受け、余裕がなかったため、米子市が適地であるとされ、昭和20年に米子医学専門学校が開校されたそうです。(鳥取大学医学部HP「医学部の歴史」より)
ずっと歩いていくと加茂川にぶつかります。
加茂川に沿って歩いていくと、立派なお屋敷がありました。
住宅以外に長楽軒と松風庵などもあるようですが、一般公開はしていないようです。
後藤家は石見国浜田の出身で、戦国末から近世初頭に米子に来住し、江戸時代に廻船問屋として財をなしました。
明治期に後藤家の養子になった後藤快五郎が山陰鉄道の建設に尽力し、「山陰鉄道の父」と言われているそうです。
加茂川はもともと外堀だったみたいです。
加茂川沿いに土蔵が沢山あったそうです。
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